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水戸地方裁判所 昭和33年(わ)261号 判決

被告人 小松本富男

主文

被告人を懲役一年六月に処する。

未決勾留日数中二百四十日を右本刑に算入する。

押収の腕時計一個(昭和三十三年押第三十四号の一)はこれを被害者岡本正昭に還付する。

理由

被告人は

第一(一)  昭和三十二年八月十三日午後九時頃高萩市高戸地内海岸において二瓶多一が飲酒酩酊し、大声で歌などを唄つていたのに対し「何してんだ」と声をかけ、同人が「じなつているんだ」(呶鳴つているのだの意)と答えるや、矢庭に手で同人の顔面及び胸部を数回殴打して暴行を加え、

(二)  その直後同所で右二瓶の左腕から同人が岡本正昭より借受け、はめていた右岡本所有の腕時計一個(時価二千円相当)を窃取し、

第二  同年九月二十一日午後二時頃同市浜の町一、九八五番地旅館高萩館前道路上においてあつたリヤカーの上から鈴木コマツ所有の袋入り白米二斗(時価約二千六百円相当)を窃取し、

第三  右第二の事実により同年十月十五日逮捕され、身柄拘束のまま同年十二月七日右被疑事実につき起訴されたところ小遣銭等に窮した結果、逮捕前同市肥前山一、九六〇番地の五雑貨商佐川せつ方に窃盗の目的で屋内に侵入しようとしたことについて取調を受けたことを想起し、これに因縁をつけて金品を喝取しようと企て、昭和三十三年一月下旬水戸市新原町○番地水戸拘置支所において同女宛葉書一通に「そちらでねがい出した事はそちらのまちがいです、そちらでは僕が拘置支所に入つている事をしらないのですか、出てからおめにかかる時がいつか有のです、お金一万円とセビロ上下必ず小包にしておくるように」と記載し、その頃同女に郵送到達させ、同女に対し右要求に応じなければ出所後どんな危害を加えるかもしれない旨通告畏怖させたが、同女が警察官に保護を求めたためその目的を遂げなかつた

ものである。

右の事実中

判示第一の事実は

一、被告人の当公廷(第四回公判)における供述

一、証人二瓶多一、同吉田全一郎及び同小松本すいの当公廷における各供述

一、証人二瓶多一、同吉田全一郎、同小松本すい、同綿引幸正、同坂本広喜(図面一葉添付)及び同木村年光(図面一葉添付)に対する各尋問調書

一、坂本広喜及び二瓶多一の検察官事務取扱副検事に対する各供述調書

一、岡本正昭の司法警察員に対する供述調書(但し、(二)についてのみ)

一、柴田亀太郎作成の答申書(但し、(二)についてのみ)

一、当裁判所の検証調書(昭和三十三年四月三日午後施行の分)(図面一葉、写真四葉添付)

一、司法警察員作成の昭和三十二年十月二十三日付実況見分調書(図面一葉、写真五葉添付)

一、押収の腕時計一個(昭和三十三年押第三十四号の一)

を、

判示第二の事実は

(中略)

判示第三の事実は

(中略)

をそれぞれ綜合して認める。

本件公訴事実中強盗の点につき案ずるに、判示第一の事実の認定に供した前顕挙示の証拠によれば被害者二瓶多一が昭和三十二年八月十三日午後九時頃判示場所で何人かから判示のような暴行を受け、その際判示腕時計を窃取された事実は明らかにこれを肯認することができるが、右二瓶が当時飲酒し、相当酩酊していたため及び当夜の天候は曇で同所には電燈などが無く暗い等の関係から同人において被害状況の認識につき鮮明を欠く点がすくなくないので同人の当公廷における供述等に基くこれが犯人と被告人とが年齢、身長、音声及び服装などの点において必ずしも相似性がないとはいいきれないが、これを越えて同人の前記供述及び各調書をもつて犯人が被告人であると明認できる的確な証拠とはなし難いのである。しかしながら、被告人がその頃右腕時計を所持し、これをその頃吉田全一郎に対し担保に供して同人より金千円を借受けたことは被告人もこれを認め又右吉田の当公廷における供述等によつても明らかである。被告人は被告人が右腕時計を所持するにいたつたのは前記八月中旬頃判示場所より更に南方の高萩海岸において二、三年前高萩の石井パチンコ店で知り合つた男から金五百円で買受けたものであると弁疏するのであるところ被告人の右弁解は警察署及び検察庁における取調並びに当裁判所の審理を通じ一貫性を欠き甚だ曖昧である。即ち、被告人は(1)売主の氏名につき、捜査当時及び第四回公判まではこれを明らかにするところがなかつたのに、第六回公判においてはじめて「いとおふみお」と述べるにいたつた点、(2)売買時の状況につき、警察署においては売主が「金がないから五百円で買つてくれ」といつたと述べ、検察庁においては、はじめ売主から「時計を七百円で買つてくれ、この時計は余り見せないようにしてくれ」といわれたので自分で使うためにと思つて買つたと述べたのに、後には売主から「やばいものだから必ず人に見せないでくれ」といわれたのでこの時計はその男がどこからか盗んできたのではないかと思つたが悪いと知りながら安かつたので高く売るつもりで買つたと述べ、当公廷(第六回公判)では売主から「この時計を千円で買つてくれ、やばいものだから人に見せないでくれ」といわれたが、自分としてははじめより他に売るため買つたと述べている点、(3)買受当時の被告人の所持金の額につき、警察官に対しては金千円位と述べ、検察官に対してはその二、三日位前までは千二百円位持つておつたが、酒を呑んだり煙草を買つたりして使つてしまつたので時計を買うときは六百五十円位持つていたと述べたのに、当公廷では、はじめ(第六回公判)は五百五十円位しか持つていなかつたといいながら後(第八回公判)には千円以上だつたかこれ以下であつたか忘れたと述べている等はその好個の事例である。而して、被告人は前記八月十三日の頃は高萩パルプ製紙工場の下請をしている協和組に通勤していたとか、右八月十三日には東京にいつていて高萩にはいなかつたとか、将、被告人が判示腕時計を買受けた金は母から貰つたのをためておいたのであるとか種々主張するが、右主張事実はいずれもこれを証明するに足る資料にとぼしく前顕証人吉田全一郎、同小松本すい(被告人母)の当公廷における各供述、村上忠造の司法警察員に対する供述調書及び押収の協和組社長吉田秀吉作成の証明書(昭和三十三年押第三十四号の五)等によれば右に相違する事実が反証されるのである。

以上彼此考察するとき被告人に判示腕時計を売つた「いとおふみお」なる者が果して現実に存在していたかどうか疑いなきを得ないのであつて被告人が右腕時計を判示八月中旬頃高萩海岸で買受けたとの被告人の弁疏の合理的な真実性はこれを肯認するに足る的確な証拠は何ら存しないのであるから犯人と目される被告人において盗賍品である右腕時計を所持していてその所持する合理的な根拠が証明されない限り前記二瓶多一の前示供述及び各調書のほか、これに加え、間接的な情況証拠である前顕挙示の各証拠によつて被告人をその窃盗犯人と推認することは決して不合理でないといわなければならない。果して然らば、判示第一の窃盗及びその直前の暴行をもつて被告人の所為であると認定する資料は十分であるが、被告人において当初より判示腕時計を強取する目的の下に判示暴行を加えたと認むるに足る証拠は十分でないから本件強盗の公訴事実に対しては判示のとおり暴行及び窃盗をもつて認定した次第である。

法律に照すと、被告人の判示所為中暴行の点は刑法第二百八条罰金等臨時措置法第二条第三条第一項第一号に、各窃盗の点は刑法第二百三十五条に、恐喝未遂の点は同法第二百五十条第二百四十九条第一項に該当するところ暴行の罪につき所定刑中懲役刑を選択し、以上は同法第四十五条前段の併合罪であるから同法第四十七条本文第十条に則り犯情の最も重いと認められる判示第一の(二)の窃盗の罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内で被告人を懲役一年六月に処し、同法第二十一条により未決勾留日数中二百四十日を右本刑に算入し、押収の腕時計一個(昭和三十三年押第三十四号の一)は判示第一の(一)の犯行の賍物で被害者に還付すべき理由が明らかであるので刑事訴訟法第三百四十七条第一項に従いこれを被害者(所有者)岡本正昭に還付し、訴訟費用は同法第百八十一条第一項但書を適用して全部被告人に負担させない。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 浅野豊秀)

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